蒼夏の螺旋

   “お誕生日は あしたvv
 




          




 懐かしい故郷の、毎日のように通ってた道に立ってたと気づいた途端に目が覚めた。まだ半分ほどは寝ている頭が、覚醒と同時に寸前まで見ていたものへの理解、正確な“答え”を大急ぎでぺたぺたっと貼って回っての“答え合わせ”をしていたらしく。そうまでくっきりした夢なんて、久々に見たかなという感慨がやっとのことで訪れた。
「………。」
 カーテンを引き明けられている室内は、間違いなく自宅の寝室なのに。見慣れた風景に違いないのに。何だか違和感があって、胸のどこかで何かが地団駄を踏んでいる。思い出せと言いたいのか、だとして…何を? し忘れたこと? 見落としてるもの? まだ寝足りてないのかなと、思ったその時、

  「…あ、起きてた?」

 そぉっと開いたのは、足元の側にあったドア。その隙間から、まだまだ幼いお顔を突っ込んで来たのは最愛の奥方で、ああ、いつものように先に起き出して朝の支度をしていたのだな。そんな理解が追いついたものの、
“………えっと?”
 のろのろと身を起こすこちらの様子へも、あまり不審は感じないのか。歩幅も動作もちょこちょこっと細かく刻んだような所作にて、ベッドの間際まで近づいて来たルフィは、
「腰とか痛くない? 肩は? 重くない?」
 心持ち姿勢を下げて視線の高さをわざわざ合わせ、こちらの顔を“まじっ”と覗き込むようにした大きな琥珀の瞳をぱちぱちっと瞬いて見せつつ、そんなことを訊き、
「いや…何ともない。」
 案じてもらうような支障なぞ、どこにもないよと答えると。そんなら良いけど。見るからにホッとしてから、
「昨日はゾロ、とっても頑張ってくれたもんね。」
 へへへぇ〜vvと、目許口許が柔らかくほころんで。屈託なく笑った無邪気なお顔が、何とも嬉しそうだったものだから。

  『大丈夫だってば。
   そやって此処で見てたら、ルフィも手伝ってることになんぞ。』

“…あ、そっか。”
 そうだった、そうだった。思い出した。こまごまと慣れぬことをしたせいか、ほんのちょっぴりだけれど疲れてしまって。風呂から上がるとそのまま、すぐにも眠りについてしまったのだと。さしたる仕事なんてしてないって、思っていたのにね。実は結構大変だったのに、意識しないままに家事を馬鹿にしていたのかと、そんな自分への苦笑を見せてから、

  「さ〜て、いよいよの当日だな。」

 寝過ごしといて偉そうに。思ったけれど、言ったりはしないで。敏腕プランナーさんが今日のために立てた計画の“後半”にあたる当日の部。一体 何が飛び出すのかなと、クスクス笑いが止まらない、奥方だったりしたのであった。






            ◇



 救急救命病院のお医者様ほどではないながら、芸能人並みくらいには盆も正月もないのが企画のお仕事。祭日休日や季節の折々にまつわるイベントへ向けて、新製品紹介だの販売促進キャンペーンだのという催し物を、考案し、組み立て、手配し、実施運営するのがお役目だから。祭日やイベント当日ほど、職場である“現場”に居なけりゃならず。当日の現場担当ではなくたって、初日のセレモニーの場や関係企業の担当者がいらっしゃる日には、役職によってはご挨拶の必要があったりするので、油断は禁物。やはり休めないものという覚悟をしておくものなのだが。某商社の営業企画部、出世頭だのホープだのとの誉れも高い、ロロノア=ゾロ氏。どういう巡り合わせか、日頃の彼の働きぶりをどこぞかの神様がちゃんと見ていて下さったのか。この5月初めのGW、まるっと全部…という訳にはさすがに行かなかったものの、中盤にあたる四日・五日・六日の3日間もを完全休養、全日オフというお休みがもらえたもんだから。
『…部長、俺、何か大失態とか しましたか?』
 五月の話をしているんですよ? 他の月と間違えていませんかなんて、ついつい訊き返して確かめたほど。だってこのGWは、それは大きなプロジェクトのいよいよお披露目にあたっていたから。下準備には1年以上を費やして。しかもその前半は、社内でもシークレットかけて煮詰めてた、幾つもの異業種企業に跨がらせたコラボ企画を統括する部署の、ロロノアさんたら“当社代表”ってお立場だったからね。当日も、連係のバランスを見届ける役というか、他方面への事情が通じている人間が現場にも居ないと、何かあったら困らないかと思ったらしかったのだけれど、
『判っているサ。主幹であり、同時に現場の機能の連動を把握している存在が、連絡を担当してくれなくちゃ困るってことはな。』
 されど、日程はプレス関係への前日イベント込みで10日もあるから。その全部をフォローするなんて、到底無理だよと笑って下さり、
『各日ごとに集中してもらうためにも、他の社からの担当者と数日ずつの持ち回りで受け持ってもらうことにしただけだ。』
 だから。世間と同じ連休になったとはいえ、レジャーや移動で消耗したりせず、のんびり過ごして気力体力充実させといてくれたまえ、と。そういうお休みだよと説明されて…きりりと凛々しい真顔のまんま、敏腕企画部員がその無駄に
(笑)分厚い胸の裡にて思っていたことは、

  “…やった! ルフィの誕生日当日に一緒にいられるっ!”

 ただただその一つことだけ、だったそうな。
(苦笑)






            ◇



 とはいえ、担当イベント開催中という身には違いなく。いつ呼び出しがあるかも判らないということまで用心したなら、部長が“レジャーで消耗したりせず”なんてクギを刺したのも頷けて。
“まあ、当日の晩餐をホテルでってのは、どんなスケジュールになろうと揺るがせにするつもりはなかったけどもな。”
 毎年同じな定番コース…と言うのではなくて。お料理上手な奥方は、美味しいものを食べるのも大好きだから。会食なんかでこれはというお店へ行くと、必ずチェックし、機会あるごとにルフィにも堪能してもらっている、極めて奥方孝行な旦那様。よって、日頃からも外食へのお誘いはよくあること。こういったアニバーサリーには特にお薦めのお店へ運んでいる…というだけのこと。今年も、特選神戸牛の絶品ステーキづくしを出して下さるグリルを見つけたので、まずはそこをキープして、さて。
「ル〜フィ〜。」
「んん? なんだ?」
 明日から奇跡の連休だぞと伝えられ、やったね・わぁいvvっと大はしゃぎをした小さな奥方。でも、遠出は出来ないのか、じゃあサじゃあサ、明日はまずは、大きなスーパーまでの買い物に付き合ってくれな? 缶ビールとかミネラルウォーターとか、売り出しのブロック肉とか、まとめ買いするから車出してほしいんだ…と。ここまでは普段のお休み前の晩の会話と大差無かったのだけれど。お風呂上がりの半乾きの頭のまんまで、ぱたぱたっとスリッパを鳴らしもって。リビングまでやって来た小柄な奥様を、こちらは腰掛けていたソファーから立ち上がりつつ、ひょいっと軽々抱き上げると。
「明後日は何の日だ?」
「え?」
 小さい、小柄と言ったって、幼児のようにくるりんと懐ろに入れられるほども小さくはない。大きな花束を抱えるように、半ば掲げるような案配となる“子供抱き”をしてやった旦那様。天井が高いリビングだから出来たことだが、不意な高い高いにはさすがにビックリしたらしいルフィが、あわわと。まずは落ちないかと上背のある旦那様の首っ玉にしがみついて来ながら、何を訊かれたかを訊き返せば、
「だから。明後日は何の日だろって。」
「あ…。」
 いくら毎日がそれなりにお忙しい身だって、あのね? あまりに特徴のある日だから。そうそうは忘れ去れない、五月五日、端午の節句と一緒のルフィのお誕生日。
「…俺の誕生日。」
「はい、よく出来ました。」
 わざとに、小さな子供相手のような言い方をし、
「今年はこっちから言い出さずともってカッコでお休みがいただけたから。当日も朝から一緒にいられる訳だけどもな。」
 臆面もなく、笑って言ってくれる人。企画のお仕事をしているからか、今現在が大事なんだなんて弁解さえ ずぼらするご亭主が多い中、記念日っていうのを大切にしたいっていう心境、ちゃんと判ってらっしゃる行き届いた彼だから。自分にとっては、お正月よりクリスマスよりバレンタインデーよりも大切な、毎年毎年のお楽しみ。大事なルフィのお誕生日が大切な日だっていうのは、揺るがせにできないことだと数えた上で、

  「今年はもうちょっと貫徹したいと思う。」
  「………貫徹?」

 態勢は思い切り甘いのに、口にしたのはいやに四角いお言いよう。意味が判らず、???と頭の上へ風呂上がりの湯気で疑問符を幾つも描いたルフィへと、
「だから。お前、どっか行くとなると、前の日とかに二倍の勢いで家事とか片付けてるだろうが。」
「あやや…。////////
 さすがです、時には“奥様にも表彰状を上げましょう”なんてな母の日企画とかこなして来ただけあって、家人の生態
(?)もきっちりと把握してらっしゃいます。昔日には“うか〜っ”としていて、この可愛らしい奥方に我慢させたり泣かせたりもしたから、余計にきっちりと見守ってて把握していたご亭主だったのかもですが。
「今年はそういうのもなし。いいか? 明日の“前夜祭”から かかるからな?」
 そんな言いようをしてから、じゃあせめて今日のうちに出来ることをとか、奥方が健気にも日々の習慣から思う前、
「…風呂入ってる間に明日の朝飯のご飯はセットしといた。」
「はやや。///////
 ちょっぴりロマンはなかったけれど、そんなお言いようをしながら、あのね? 高々と掲げるように抱っこしていた小さな奥方を、すとんって懐ろの中に落し込んで抱え直すと、そのままベッドルームへと、さかさか足早に向かうことにしたゾロであり、
「あ、あのさっ。戸締まりとか…。」
「全部済ました。後顧の憂いは一切無し。」
 いや、そんなオーバーな。
(苦笑) こうして、奥方のお誕生日に向けて、至れり尽くせり大作戦は、前々日からの言わば“助走”に入ったのでありました。








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  *このシリーズのゾロさんは、妙に“機転が利く”
   別の言い方すると“あり得ない”タイプの剣豪なので、
(おいおい)
   時々、これでいいのかななんて思ったりもするのですが。
   大人の余裕とやらで頑張ってるだけのこと、
   書いてないだけで、実は日頃のあちこちで抜けたこともやってるんだって、
   まずは自分で自分を納得させつつ書いてる始末です。
   さぁさ、どんな“お誕生日大作戦”になるやらでございます。
(苦笑)